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オーナー&スタッフ
 
李康則   道玄坂清香園のことをより詳しく知っていただくために、
オーナー李康則がQ&A形式でその思いを語ります。
ご一読いただけると幸いです。
 
Q. 焼肉の世界に入られたきっかけは?
A. 長野県の諏訪湖の畔、岡谷市で在日韓国人二世として生まれました。中学生の時、大阪に転居。当時の在日がみんなそうであったように就職も困難で、卒業後、喫茶店など経営しておりましたがうまくいかず、妻子を抱え、思い余って大学の研究室に相談に行きました。教授が当時、東京より大阪・ミナミに進出してきて話題の「東京 清香園」のオーナーと懇意にしておりまして、コックの見習いで入店したわけです。覚えたらすぐ辞めて開業しようと。30年あっという間でしたね。子供の頃より母親が七輪で焼いてくれたホルモン焼が私の韓国料理の原点だったわけですが、本当にいい勉強をさせていただきました。最近では子供の頃のあの「オモニの手の味」シンプルさがむしろ懐かしいですね。

Q. 清香園という屋号のお店があちらこちらにありますが?
A. 銀座一丁目にあります「清香園総本店」が都内をはじめ、大阪、久留米、スウェーデン、スイスなどに出店しておりまして、オーナーが特に認めたかつての従業員が清香園の暖簾を戴いております。同音異語の精香園、清香苑などのお店は数多く見受けますね。

Q. 独立開業したのは?
A. 私は大阪に入店したわけですが、東京のお店に人手が足らないということで料理もどんどん覚えれるだろうと単身で飛んでいきました。今もご健在で韓国料理の草分的存在の清香園総本店 張貞子オーナーから料理の薫陶を享けました。神仙炉・九節板など他店では決して学ぶことができなかった宮廷料理などを勉強させていただきました。道玄坂店のチーフをしていましたが、営業部長として東京の各店を統括して見るようにとの重責を仰せつかりました。家族も東京に呼び寄せ、開業するよりもこのまま尊敬するオーナーの下で腰を据えて勤めようと心に決めていましたが、ひょんなことから道玄坂店の経営を引受けることになってしまいました。地下を厨房、1/2Fを客席に借受け、夫婦で夢中で働き、あっという間の30年……本当に早いものです。

Q. 現在地に移転したのは?
A. 昨年末です。地下、1/2Fと3フロア借りていましたが、3フロアは人件費など全てに無駄が多く、1フロアの店舗を近所で探していました。その矢先にBSE! 売上げが半減どころじゃないくらい落込みましてスッカラカン。そんなとき幸いにも今までの店の筋向いの地下を借受けることができました。融資も決まらないのに年末の繁忙期に間に合うようにと工事を進めてくれた工事業者さん。「長年のお付合いじゃないですか」と融資してくれた信用金庫の支店長さん。それに家主さん。みんなの温かいご支援心より感謝いたしております。
 
Q. お店に絵や陶器がいろいろありますが?
A. 十数年前、道玄坂 清香園の隣に工芸画廊「玄武」を開いていたことがあります。やきものを作るプロセスを自分でも勉強せねばと陶芸教室に通いだしたのですが、第一回アマチュア陶芸コンテストにたまたま出した手びねりのぐい呑みがグランプリを受賞。驚きましたよ!たった2~3ヶ月ですもん。翌年もその次の年も準グランプリ。ハマっちゃいましたね。売るより作る方が楽しいと「玄武」を閉廊しました。閉めるときは、自分の絵とやきものの個展で引導を渡してあげました。その後も年に1回位各地で個展を続けてきました。1997年に小田急線経堂駅近くに陶芸教室「まだん陶房」を開きました。まだんとは韓国語で庭・広場と言う意味でそんな場でありたいという思いで名づけました。素敵な仲間たちとやきものを通じて温かいふれあいを続けています。来年は渋谷西武美術画廊での第3回「李 康則の作陶展」を準備しております。店の入口の看板、傘立て、灰皿、湯呑、ワインクーラー、トイレの洗面器などが私の作ったものです。ご笑覧くださいませ。
  マッコルリの華
李康則   絵は子供の頃より大好きで、美大に行きたいとオヤジに言ったところ「絵を描いてメシがくえるか!」と反対されました。国画院という水墨画団体の運営委員をしておりまして、毎年12月に上野の東京都美術館での国画展へ出品しております。やきものも絵も私にとっては道玄坂 清香園と同じくらい大いなる「心の糧」であり「生甲斐」であり又、「なりわい」ででもあるわけです。
 
Q. お店のモットーは?
A. 愛情のこもった料理とサービス……これが私のモットーです。たいへん抽象的な言い方ですが、これに尽きるでしょうね。ややもすれば慣れと惰性に流されてしまいがちなことですので、絶えず皆とこの件について話し合っております。肉は和牛にこだわっております。食材選びからすべて私の目で納得したもののみ使っております。既成の韓国料理の食材以外からも「何か使えるものはないかな」と……。市場やデパ地下、スーパーなどを歩き回るのがとっても楽しみなんです。珍しい食材を見つけたり、和洋中の美味しそうな料理の中から、これを何とか韓国風にアレンジ出来ないものかななどと…。気がついたら手にお惣菜の袋だらけ。余裕ができたらお店の食器は全部私の手作りにしたいですね。でもよく割ってくれるのでこれが心配!

Q. 今後の方針は?
A. 多店舗展開などは考えていません。この店を大事に大事に育て上げていきたいと思っております。ただ長年、私についてきてくれた仲間の為には何らかの出店をと考えております。10年前までは西武百貨店(池袋・渋谷・川崎・船橋・八王子・シェルガーデン)新宿伊勢丹、日本橋・二子玉川高島屋に韓国料理、キムチなどの漬物類の惣菜店を出店していましたが全て撤退いたしました。今考えればなんと勿体ないことをしたなと後悔しております。道玄坂 清香園の粋をあつめた料理、惣菜を幅広く数多くの方々に知っていただくコーナーがあればいいなと思っております。

Q. 最後にひとことありませんか?
A. この世界に入り30年。早いものですね。店を通じて数多くの人々と素敵な出会い、ふれあいがいっぱいございました。在日韓国人である私に、何の偏見や差別感もなしに接してくれた人達。それらの絆が私の宝ものであり支えでもあり励ましでもありました。私、もうすぐ還暦を迎えます。この「縁・えにし」の嬉しさ、ありがたさを大事に大事にして、あと残された人生を、生きて生かされていこうと思っております。合掌 感謝
 
 
ママさん  

ママさんの独り言
結婚して30数年…ずっと夫と一緒に働いてきました。母親、妻、ときには仕事で家にいない夫の代わりの父親役。みんな懐かしい思い出です。今もとっても楽しく働いています。ランチタイムにいつもお店のカウンターの前で動き回っているのが私です。新しいお店になってランチメニューも随分と増えました。皆さん、どうぞ食べに来てくださいね。お待ちしております。

 
三上日出男店長  

三上日出男(店長)
青森県六ケ所村出身。上京後、上場企業に勤めていましたが、かつて道玄坂 清香園に勤務していた兄の「手に職をつけろ」との強い奨めで入社しました。厨房、流通、セントラルキッチン、ホール係と勉強しているうち、いつの間にか16年経っていました。オーナーの目指す店作りの一翼を担っていこうと思っています。お気軽に声をかけてください。

 
ママさん  

王 瑾詳(厨房)
中国上海出身。道玄坂 清香園にきて9年になります。最近では日本語の読み書きにも不自由がなくなりました。夕方より閉店まで厨房におります。忙しいときにはホールにも手伝いに出ています。私の得意な上海料理を韓国料理に活かせないかとあれこれ考えていますが、現在のところ「まかない食」の運命になっていますが、仲間たちは皆さん「王ちゃん 美味しいよ」とおだててくれます。皆さま、私の料理がメニューに加わる日を楽しみにしてください。

 
ママさん  

沼田 政人(厨房)
東京出身。入社して9年になります。以前のお店では事務、マネージメント、ホール、厨房と幅広く担当していましたが、道玄坂 清香園では現在料理に専念させていただいております。新店舗の立ち上げの際、店主と新しいランチメニューの開発を手がけまして、今までの計数管理の仕事が役立ちました。今はタレ、肉の仕込み、キムチ類の漬込みなど店にとって大事な部門とランチタイムを任せていただいております。カウンターの中にいる一回り大きな体の男が私です。

 
ママさん  

吉村 真一(厨房)
岩手県北上出身。実家が「焼肉屋」です。後を継いで欲しそうな両親の思いを感じまして上京。調理師学校に入学。調理のいろはを勉強。体力と柔道しかとりえのなかった自分が料理の世界に目覚めました。先輩の沼田さんから、手取り足取り学校とは違った調理技術も教えていただいております。お昼の120食を越えるランチも先輩の名リードで見事クリア。どんどん吸収し、元気一杯頑張ります。

カムサムニダ
カムサムニダ(ありがとうございます)
 
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